ディナー・ジャケット
ディナージャケットという美意識― フォーマルウェアに宿る「主義」の話

ディナージャケットとは、いわゆる「ブラックタイ」の装いを指します。午後6時以降の略礼装においては、ディナージャケットを着用するのが正式なマナーです。もし「正装」を求められる場であれば、それは「ホワイトタイ」、すなわち燕尾服がふさわしい装いとなります。
ディナージャケット(Dinner Jacket)を日本語に訳すとすれば、「晩餐服」がもっとも近い表現でしょう。19世紀の英国上流階級では、夕食時に改めて燕尾服へ着替える習慣がありました。ところが1860年代になると、形式ばらず、もう少しくつろいだ雰囲気で食事を楽しもうという風潮が生まれ、やがて燕尾服に代わってディナージャケットが受け入れられるようになっていきます。
とはいえ、1930年代までは燕尾服も依然として主流の装いであり、クラシックな様式を重んじる人々の間では、ドレスコート(燕尾服)が愛用され続けました。現在でも、燕尾服を着ることが禁じられているわけではありません。格式を重んじ、古典的なスタイルを好む方にとっては、燕尾服という選択肢は今なお健在です。
なお、「ディナージャケット」はイギリス英語での呼び名であり、アメリカ英語では「タキシード(Tuxedo)」と呼ばれています。言葉の上では両者は異なる存在であり、イギリスでは「晩餐のための礼装」、アメリカでは「社交の場の正装」として、それぞれ異なるニュアンスで受け止められています。
ディナージャケットは、ルールと伝統を尊重する装い。一方で、タキシードは、時代や変化を楽しむ姿勢をまとった装い。どちらを選ぶかは、良し悪しではなく「主義」の問題です。ディナージャケット主義でいくのか、それともタキシード主義か。まずこの軸を自分の中で明確にしておくと、フォーマルウェアの選択にも心の整理がつくはずです。
ちなみに、フランスではこの装いを「スモーキング(smoking)」と呼びます。これは19世紀英国の「スモーキングルーム(喫煙室)」に由来し、そこで着るための服だったとされることから名付けられました。フランスにはフランスならではの「スモーキング主義」が息づいているのかもしれません。
フォーマルをただのルールで終わらせず、そこに自分なりの主義と美意識を持つこと。それこそが、装いに気品と意味をもたらすのではないでしょうか。