モーニング
「モーニング!」で通じる二つの世界


朝、喫茶店に入って「モーニング!」とひと言声をかければ、何も説明しなくても朝食セットが出てくる──日本ではおなじみの光景です。実は、この「モーニング!」の省略スタイルは、洋服店でも見られます。お客が店に入り、「モーニング!」と言えば、出てくるのは「モーニング・コート」。店員が「モーニングの何をご所望ですか?」などと尋ねることはありません。それだけで通じる、というわけです。
モーニング・コートの由来と意味
では、なぜ「モーニング・コート(morning coat)」と呼ばれるのでしょうか?この名称は19世紀初頭の英国の習慣に由来しています。当時のイギリス上流階級には、友人宅を訪ねるのは午前中が好ましいという不文律がありました。もっとも、時代が進むにつれて、訪問時間は午後にずれることも多くなっていきましたが。
そうした訪問の際、人々はしばしば馬に乗って出かけていました。ところが、乗馬時に普通のコートでは前裾が邪魔になります。そこで、前裾を斜めにカットして乗りやすくしたのが、モーニング・コートの始まりです。
この「前裾を切り落とす」デザインが名前の由来となり、アメリカでは「カッタウェイ・フロック・コート(cutaway frock coat)」と呼ばれるようになりました。また、モーニング・コートの背中にはヒップ・ボタンが一対ついています。このボタンは、かつて前裾を後ろにたくし上げて留めていた名残なのです。
日本における「モーニング」の登場
日本では明治時代の小説にも、すでに「モーニング」が登場しています。たとえば、尾崎紅葉が明治29年(1896年)に発表した小説『多情多恨』の中に、こんな描写があります。「黒綾のモーニングに藍気鼠のズボン……」
これは、登場人物・葉山誠哉の服装を表しています。「モーニング」という言葉が略称として使われているのは、日本の文学でも比較的早い例といえるでしょう。それほどまでに、モーニング・コートは当時の人々に親しまれた格式ある装いだったのです。