
「香る水」と書いて香水。英語ではパフューム、フランス語ではパルファン。その語源はラテン語の「煙を通して」を意味するペル・フューメに由来します。香水が生まれる以前、人々は芳香を放つ木を焚き、その煙で衣類などに香りを移していたのです。
日本にも「香道」という伝統が残り、戦国時代の武将が鎧に香を焚きしめて出陣したという逸話もあります。いつの時代も、良い香りは人を魅了するものです。
芥川龍之介の短編『舞踏会』(大正9年『新潮』掲載)には、香水の描写が登場します。物語の舞台は、明治19年の鹿鳴館。「婦人たちのレースや象牙の扇が、爽やかな香水の匂いの中に、音のない涙のごとく動いていた。」香りが、華やかな舞踏会の雰囲気をいっそう際立たせていたことがわかります。男女が最も近づくこの社交の場で、香水は欠かせぬ演出だったのです。
この連想から浮かぶのが、「バル・ア・ヴェルサイユ(舞踏会@ヴェルサイユ)」という名香。1961年、フランスの「ジャン・デプレ」が発表したもので、実際にヴェルサイユ宮殿で舞踏会を開いて発表されたといいます。世界の王侯貴族が集い、グレース・ケリーの姿もあったとか。
一方で、男性にふさわしいのはオー・デ・コロン。軽やかな香りで、元はドイツ・ケルンの名物でした。しかし、現代にはディナー・ジャケットにふさわしい香りが見当たらないのは残念なこと。たとえば「ホワイト・タイ」と名づけられたオー・デ・コロンがあっても良いはず。実際「グレイ・フランネル」という名香もあるのですから。