

フォーマルシャツの胸元につける「スタッド(stud)」は、正装用の装飾ボタンのことです。正式には「ドレス・スタッド」と呼ばれます。「スタッド」はもともと「鋲」を意味する言葉で、通常のシャツのように貝ボタンを使わない理由は、それが"下着的"と見なされるからです。上流階級の装いでは、下着的な要素を見せることを避け、代わりに華やかな飾りボタンを使うのがマナーでした。
スタッドの数は1個のこともあれば、2~3個使う場合もあります。これはシャツの胸元の硬さ(スティフ・ブザム)によって決まり、糊付けがしっかりされていれば1個で十分な場合もあります。スタッド1個なら「stud」、2個以上なら「studs」と複数形で呼ばれます。また、スタッドにも昼用と夜用があり、夜の正装では光沢のあるものが好まれます。
ちなみに、スタッドは着脱が難しく感じられることもあるかもしれませんが、19世紀の英国では、こうしたシャツの着脱は召使いが手伝うものでした。カフリンクスが留めにくいのも同じ理由です。
スタッドにまつわる有名なエピソードがあります。谷崎潤一郎の『当世鹿もどき』という随筆の中で、谷崎がスタッドを留めるのに苦労していたところ、芥川龍之介がひざまずいて手伝ってくれた、という場面が登場します。時は大正15年、大阪のクラブに出かける直前の出来事です。時には、そんなふうにスタッドを手伝ってもらうのも、フォーマルウェアの奥ゆかしさかもしれません。